先日の解答。
問61:パリで、ショパンはフランツ・リストの愛人(ダグー夫人)の夜会で
ある女性と知り合い、人生を翻弄されます。その女性の名は?
A: メック夫人
B: コジマ
C: ジョルジュ・サンド
答 C: ジョルジュ・サンド
ジョルジュ・サンド『男装の麗人』と呼ばれた女流作家です。
黒い服、ズボンをはき、葉巻を吸い、いつも男性に囲まれて、
ショパンとは正反対のタイプだったようですが恋に堕ちます。
問62:体調の悪かったショパンはジョルジュ・サンド(と、その娘)と共に
転地療養に出かけました。その場所とは?
A: フランスのプロバンス地方
B: イタリアのコルシカ島
C: スペインのマジョルカ島
解答は数日後・・
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神崎茉莉子 (月曜日, 12 12月 2016 16:26)
実は、音大進学を考えたこともありました。
こんなことまでお話しさせて頂くつもりはなかったのですが、聞いて頂けますか?少し長くなりますが……
音大を受験するには、まずは私のピアノの先生の紹介で、先生の師匠であるK–M孝氏の妹先生に習いに行かなければなりませんでした。
その妹先生とは、先生ご自身がO音大受験まで習われた先生だそうです。
私が中学生になった頃、周りの人達が先生に勧められて、月に1回、その妹先生の所へ通い始めました。
小中学生合わせて10人位いたでしょうか?
先生が、私達教え子が将来音大進学を希望した時の為に、早めに準備されたことでした。
私も実はお声がかかったのですが、その時はお断りしてしまいました。
私は自分で言うのもお恥ずかしいのですが、勉強の方も好きで、大学は国立の理数系を考えていました。
それに音大はお金がかかりますので、弟が二人いる我が家ではムリがありました。
しかし、音大への憧れも当然ありまして、私も妹先生の所へ月に1回通わせて頂こうかと、考えたこともありましたが、親に、将来をきちんと決めてからにしてほしいと言われ、先送りにしていました。
それが......忘れもしない1991年夏、私が中2の時です。
否応なしに、その選択を迫られました。
先生がご主人様のフランス駐在に、1年後同行することになった、と言われたのです。
ご主人様は年が明けてすぐの渡仏でしたが、先生はご出産されたばかりで、赤ちゃんが1歳の誕生日を迎えてからということでした。
私達教え子は、1年間で色々決めなければなりませんでした。
当時先生は、40人位教えていらっしゃいました。
月に1回妹先生の所へ通っていた生徒さん達は、そのまま妹先生のお弟子さんになりました。
先生のご自宅には、先生の後輩先生が住まわれることになり、家ごと、生徒ごとお貸しするという事態になりました。
先生は私の母に何度も頭をお下げになり、『音大へ行きたいという気が少しでもあるのなら、是非妹先生の所へ行ってほしい。たとえ趣味でも、後輩先生では絶対物足りなく思うから。』と懇願されました。
実際数人の人が、新たに妹先生の所へ行くことになった、という話も聞きました。
私は、とにかく必死で練習して1年後結論を出そう、と決めました。
だから最後の1年の進みようは、目覚ましかったのです。
私は中高一貫の女子校に通っていたので、高校受験がなかったことも幸いでした。
1992年夏(中3)、とうとう先生がお子さまと渡仏される日が近付いてきました。
私は1年間、両親と様々なことを話し合ってきました。
出した結論が、理数系への進学でした。
そして、先生のご自宅にお住まいになる後輩先生に習うこともお断りしました。
私は、3年で帰ってくるという先生のお言葉を信じ、待つことにしたのです。
その後のお話は、以前コメントに書かせて頂きました通りです。
中3の選択が悔やまれると、以前コメントに書かせて頂きましたが、こんな風にピアノが下手になるくらいなら、たとえ厳しくなくても、その後輩先生に習ってキープしておけば良かったと思ったことです。
Osumi先生は、その時のコメントで、『それで得た事も多いはず』と答えて下さいましたね。
確かに、ピアノをを吹っ切り、理数系に専念したおかげで、主人と知り合い、今に至るわけでして、まあそれを考えると、これで良かったのか?とも思われますが……
人生とは本当に不思議なものですね……
遠い昔の話です。
長くなりました。ありがとうございました。
神崎茉莉子 (月曜日, 12 12月 2016 16:30)
書き忘れました。
答は、Cです。
Osumi (火曜日, 13 12月 2016 22:17)
正解です。
あの時、もしああしてれば・・誰でも考えることはあると思います。
でも神崎さんの選択は間違ってなかったと思いますよ。理数系に進学し、ピアノを一時中断されることにはなりましたが、今またこうやって再開することができているのですから。人生2度楽しんでらっしゃいます。これが逆で、音楽の道に進んでて「やっぱり理数の勉強もしたい」と思ってもアラフォーでは難しかったのでは?
私もピアノやってなかったら何してたかな?って思うこともありますが・・。右に曲がるところをもし左に曲がっていたら・・人生変わってたかも。もっとすごい人と巡り会って、結婚生活も全然違ってて・・それもありかなって楽しく想像できますが、もしそうなってたら、今の娘はこの世にいない。それだけは考えられません。なので今までの人生の選択はやっぱり大正解だった!と思うのです。